2030年までの主役は現行LiBでNMC811!
LiBの進化について、1)正極のハイNi化、2)負極のSi/SiOxとの複合化が進んでいくと思われる。また、ポストLiBの一候補として、上記2つの進化に加えて電解液を固体電荷質にした全固体電池の開発が2030年頃生産開始を目指して進められていることも触れた。ところで、クルマのCO2低減をEVに賭けるとしたら、最終的には現行LiBに賭けることになるのか?、それとも全固体電池に賭けることになるのか?、別のポストLiBに賭けることになるのか?、一体どちらなんだろうか?ここでは結論が出ないが、その点について触れておくことにしよう。
図28には電池に関して新技術を積極的に展開していこうと考えている自動車メーカーの電池採用予想比率を示している¹⁾。どんなに積極的に新技術を取りれて行こうとしても、2021年時点では当面ハイNi化正極材であるNMC622が50%、NMC811が50%と予想されている。なお、全固体電池に至ってはトヨタ社が2025年頃に第1世代として実用化できればいい方で、2030年頃に先行投資というのが大方の予想である。どう考えてもリスクを冒して展開していくメリットが今のところ見つからないという全固体電池の現状と思われる。一方、CATLは全固体電池の実用化は2030年以降になるとの考えを持つ²⁾。こちらは前倒しの投資が半端な額ではないので、それを回収するには優に10年以上はかかるという事情も影響していると思われる。
出典☛日経Automotive(2018年9月号)@日経BP社;p74 より加筆
NMC製造コストの66%が材料費!
実際のところ、2021年以降は現行LiBのNMC811が主流となっていくであろう。CATLがLiB価格に対して50$/kWhに自信をのぞかせているのはリン酸鉄LiBかもしれない。図14で議論した時には、2015年のNMC11(NMC333)コスト分析は材料費が34%であった。4年後の2019年の論文では、図29に示したように、今後の主流となるNMC811では全体の製造コストに対して材料費が66%と倍増している³⁾。この中で正極材料費は28%に昇る。やはり、図17で説明したトレードフローから、コストに関しては材料費という意味で中国勢に有利に働いているのかもしれない。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」
日経クロステック@2020.12.21 より加筆
ポストLiB候補「Li-S電池」は、コスト・性能パフォーマンスは高い!
ここで、現行LiBから離れて他のポストLiBについて触れてみたい。恐らく現行LiBを価格・性能・信頼性でしのぐ、EV搭載用の電池は明らかに2030年以降となると予想されている。図30に現在考えられているポストLiBについてまとめたものを示した。ほどんどがサイクル寿命で大きな課題があり、EVのようなクルマで使われる1,000サイクル以上の寿命は確保できていないようだ。それも考慮して、現在最も有力視されているポストLiB候補のいくつかを紹介してみよう。
一つはLi-S(リチウム硫黄)電池である。一番乗りした代表的な会社として、英国のベンチャー企業、OXIS Energy社が2021年にも製品化する。サイクル寿命は60~100サイクル程度であるため、ドローン、HAPS⁴⁾用に出荷されると思われている。性能的には重量エネルギーが現行の2.5倍程伸びて、2020年1月時点で471Wh/kgと発表されている。当然500Wh/kgの実現を視野に入れている。これのサイクル寿命が1,000サイクル以上を達成した時、全固体電池の2030年目標370Wh/kgを追い抜くことになってしまう。さらに、正極材として高価なNi(1,000円/kg)、Mn、Coに代わって、格安の硫黄Sを正極活物質に使う。日本では価格10円/㎏以下で流通しているため、大幅なコストダウンが図れると考えられる。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」
日経クロステック@2020.12.21 より加筆
問題はサイクル寿命を1000サイクル以上に伸ばすことにある。図31にLi-S電池の構造とサイクル寿命に対する課題を示している。現行LiBの正極材であるNi、Mn、Co系酸化物は、1分子1個につき1個のLi⁺と1電子しか蓄えられない(図9)。ところが、図に示したようにLi-S電池の正極活物質S₈1分子で16個のLi⁺と16電子を蓄えられる⁵⁾。そのため理論容量はNMC系の約6倍と高くなる。ただし、図31に示した課題➀「正極活物質S₈の溶出」が最も深刻な課題である。実は肝心のS₈が還元時(充電)にLi₂Sに一気に変化するのではなく、多硫化リチウムLi₂Sxという中間状態を経ながら還元反応が進行する。この点がLiBと大きく異なる。そしてこの中間状態である多硫化リチウムLi₂Sxが電解液中に溶け出してしまって還元反応に寄与する硫黄Sが減少していく。これがサイクル寿命を著しく短くして容量が低下してしまう原因なのである。サイクル寿命を1,000サイクル以上まで引き上げるのは相当時間がかかりそうだということだ。
出典☛「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」日経クロステック@2020.12.21 より加筆
ポストLiB候補「フッ化物イオン電池」で1000㎞走るEVへ!
もう一つのポストLiB候補は「フッ化物(フルオライド)イオン電池」である。京大内本喜晴教授らとトヨタ社がフッ化物イオン電池の原型を発明した⁶⁾。蛇足ではあるが、トヨタ社も全固体電池にだけ賭けているのではなく、もっと先のポストLiBを策っているのだろう。
図32に示したように、フッ素、銅、コバルトを含む正極とランタンの負極からなる電池構成で活物質はフッ化物イオンである。現行LiBに対して、重量エネルギー密度は2.5倍であるが、体積エネルギー密度は4倍以上もある。これは航続距離が1,000㎞を超えるポテンシャルがあるということだ。ただし、実用化はLi-S電池よりも遅いと言われており、コストパフォーマンスも不明の状態である。
以上のことから、ポストLiB実用化の道はまだまた遠く、2030年頃までは現行LiBの進化型で市場に展開されていくという予想である。@2021.2.25記、2021.3.2修正
出典☛「1000キロ走るEVへ、京大・トヨタが次世代電池」日本経済新聞@2020.8.7 より加筆
《参考文献および専門用語の解説》
1)日経Automotive(2018年9月号);P74@日経BP社
2)「全固体電池は必要なのか、最大手CATLの真意」日経クロステック@2019.7.26
3)「2050年までの主役はLi-S系か、車両系はフッ化物イオン系に革新」日経クロステック
@2020.12.21
4)HAPS☛High Altitude Platform Stationの略。携帯電話の基地局装置を搭載し、高高度を飛び続ける無人飛行機。英語で「高高度基盤ステーション」を意味。
5)LIBはLiイオンの挿入脱離時に、NiやCoなどの遷移金属が結晶構造を変えないまま「インターカレーション」という仕組みで、電子をやりとりする。それに対して、Li-S電池は充放電時に活物質の分子構造自体が大きく変化する「コンバージョン型」だ。正極活物質の硫黄は、満充電時にはS8だが、放電後にはLi2Sとなり分子構造ががらりと変わってしまう。@「2050年までの主役はLi-S系か」日経クロステック@2020.12.21
6)「1000キロ走るEVへ、京大・トヨタが次世代電池」日本経済新聞@2020.8.7