「さて午後からはこれからの討議で柱の一つになる“燃料消費率等高線”について説明するよ。エンジン性能線図でよく出てくるが、意外とその渦巻き曲線が生じるのか、理解されていない。これまで説明してきた正味熱効率で説明できるんだ。」
「専門誌でエンジントルク、出力線図と一緒に見ることがあるけれど、何でこんな形になるんだろうか?と思っていた。」
「今回事例としてOPELのアストラ(セダン)に搭載された4気筒2Lのエンジン性能線図を図1-9を準備した¹⁶⁾¹⁷⁾。BSFC(図中ではSFCと表示)が同一の点を線で繋いでいくと、 “燃料消費率等高線”という線図が出来上がる。これが図1-9になる。アストラは1991年に欧州で販売開始され、トヨタのカローラに次いで世界で2番目に多く販売されたクルマだ。
この最大トルク特性は、“WOT(Wide Open Throttle;フルスロットルの意)”で示されている。WOT曲線付近にBSFC=240gr/kWhという最小燃料消費率領域が谷底みたいに存在している。燃料消費率は軽負荷側に行くほど悪くなり、BSFC=600gr/kWhまで悪化していく。基本的には最小燃料消費率領域から外に広がっていく従い、燃費は悪くなる傾向にある。実はこれまでズ~と詳しく説明してきた“正味熱効率”で、ある程度説明できるんだ。
先ず、正味熱効率ηeについては次の式で表せたよね:
❏ηe(正味熱効率)=We(正味仕事)/発生熱量Q1={Wi(図示仕事)-Wf(械摩擦仕事)}/発生熱量Q1
ここでは、エンジン出力P(kW)を使って別の形で正味熱効率ηeを表してみよう!つまり、正味仕事We=エンジン出力P(kW)であるから、次のようにも表される:
❏ηe(正味熱効率)=エンジン出力P(kW)/発生熱量Q1
ここで、燃料1kgの発熱量をH(kJ/kg)、1時間当たりの燃料消費量をF(kg/h)とすると、1時間当たりの発熱量Q1(kJ/h)は、
❏発熱量Q1(kJ/h)=燃料発熱量H(kJ/kg)×燃料消費量F(kg/h)
となる。そこで、先ほどの正味熱効率ηeは次のように表される:
❏正味熱効率ηe=エンジン出力P(kW)/発生熱量Q1(kJ/h)
=エンジン出力P(kW)/{燃料発熱量H(kJ/kg)×燃料消費量F(kg/h)}
さらに、時間(h)を秒(sec)に統一すると、次のようになる:
❏正味熱効率ηe=エンジン出力P(kW)/{燃料発熱量H(kJ/kg)×燃料消費量F(kg/3600sec)}
=3600×P(kW)/{燃料発熱量H(kJ/kg)×燃料消費量F(kg/sec)}
上式から燃料消費量F(kg/sec)とエンジン出力P(kW)の比を求めると、
❏燃料消費量F(kg/sec)/エンジン出力P(kW)=3600/{正味熱効率ηe×燃料発熱量H(kJ/kg)}
と書き直すことができる。重量単位をgrに合わせると、
❏燃料消費率f(gr/kWh)=1000×F(kg/h)/P(kW)
=1000×3600/{正味熱効率ηe×燃料発熱量H(kJ/kg)}
先ず、この式から燃料消費率f(gr/kWh)と正味熱効率ηeとは反比例の関係にある。ここで燃料消費率fから正味熱効率ηeを求めると、次式のようになる:
❏正味熱効率ηe=3600×1000/{燃料消費率f(gr/kWh)×燃料発熱量H(kJ/kg)}
そこで、ガソリンの低発熱量H=44.4(MJ/kg)=44.4×1000(kJ/kg)¹⁸⁾¹⁹⁾として、図1-9のf=240、600(gr/kWh)の時の正味熱効率ηeを求めてみた:
➊f=240(gr/kWh)の正味熱効率:
☛ηe=3600×1000/(240×44.4×1000)=0.338≒34(%)
➋f=600(gr/kWh)の正味熱効率:
☛ηe=3600×1000/(600×44.4×1000)=0.135≒14(%) 」
「なるほど、具体的に計算すると本当によく分かるね。要するに燃料消費率が分かれば、熱効率も分かる。f=240(gr/kWh)で正味熱効率ηeが34%ということは、逆に熱効率ηe=40(%)ではfは・・・f=203(gr/kWh)ということか?この数値はあまり見ないね。」
「最高正味熱効率として今では4気筒で39-40%、単気筒で44-45%が最高と言われている。やはり、4気筒で45%以上の正味熱効率を得るためには“超希薄燃焼技術”が必須となるね。さて燃料消費率fと正味熱効率ηeの関係が分かったところで、いよいよ“燃料消費率等高線が何故こんな形になるのか”ということを説明するね。図1-9に示した方向➊~➍について説明しよう:
➊最小燃費域240(gr/kWh)から軽負荷域の方向
第1に、平均有効圧力を下げる➡トルクを下げる➡噴射量を下げる➡理論熱効率に見合った空気量まで下げる、といった具合で、スロットルバルブを絞る方向になる。そのため、ポンプ損失仕事WL4が増加する。第2にトルクが低い軽負荷側にいくほど、容積型燃焼室の欠点で燃焼室の比熱量の比率が発熱量に対して大きくなるため、冷却損失WL1も増大する。第3に、燃焼温度が下がり、それにつれてシリンダーの壁温も下がって潤滑油温も下がるため、往復動の機械摩擦仕事Wfも増加してしまう。以上の要因から、WL,Wfが増加して正味熱効率ηeが下がり、軽負荷側の方向では燃料消費率fは増加していく。
➋最小燃費域240(gr/kWh)から高負荷方向
容積型燃焼室の欠点であるが、最適容積から逆に燃焼室のガス比熱よりも燃焼熱量が多くなりすぎても、燃焼室内のガス比熱では吸収し切れず、結局冷却損失WL1は増加する。これは一定容積型燃焼室の欠点で、エンジンに要求される正味平均有効圧力に対して“最適排気量”を外れると冷却損失WL1は増加するという訳だ。
➌最小燃費域240(gr/kWh)から低速域方向
エンジン回転数が小さくなると、ピストンの往復動の速度が下がり、吸入バルブからに吸気の速度が下がる。そのため乱流火炎の伝播速度、いわゆる燃焼速度が下がるため、時間損失仕事WL2が1,000rpm近傍から急激に増加する。またピストン速度が下がるため、シリンダー摺動部の機械摩擦仕事Wfも増加してしまう。
➍最小燃費域240(gr/kWh)から高速域方向
エンジン速度が大きくなると、ピストン速度、その他の運動系の速度が増して、単位時間当たりの機械摩擦仕事Wfが増加してしまう。
結果的には燃料消費率fはこれまで話をしてきた正味熱効率ηeの因子である“損失仕事WL”,“機械摩擦仕事Wf”が大きく影響して,燃料消費率等高線が“渦巻状”になるということだね。分かったかな?これからの“燃費の話”のときは、この話を必ず思い出してほしい。また、これから話をする“HVは何故燃費がいいのか”を理解するためには、この燃料消費率等高線図は非常に重要になってくる。」
「わかった。今日の話は重要なことばかりで、また数式も多かったような気がする。明日一日、今日までのところを整理して分からないところを探しておくよ。」
何とか、正味熱効率、燃料消費率等高線が理解できたようだ。明日午前中はプールに行って、昼寝してから復習すると言い残して、自分の部屋に戻っていった。何とか飽きずに基本的な勉強はできたようだ。いよいよ“クルマ談義”のスタート地点にたどり着いたと博士は思った。@2019.7.20記
《参考文献》
16)「燃料消費率等高線」太田安彦@Eine bequeme Reise(Internet 資料)
17)「ガソリンエンジン」中島康夫、村中重夫@山海堂;p56
18)低位発熱量=燃焼ガ ス中の生成水蒸気が凝縮したときに得られる凝縮潜熱を含めた発熱量を高位発熱量といい,水蒸気のままで凝縮潜熱を含まない発熱量を低位発熱量という
19)「発熱量」@Wikipedia
出典:「燃料消費率等高線」太田安彦@Eine bequeme Reise(Internet 資料)
「ガソリンエンジン」中島康夫、村中重夫@山海堂;p56 から加筆