少し休んだ後、クルマ談義は続いた。
「理論熱効率ηth、図示熱効率ηi、正味熱効率ηeについて説明してきたけれど、頭の中で整理できたかな?」
「理論熱効率が空気サイクルで圧縮比14でも0.65、つまり65%しかならないということには驚いたね。さらに、理論仕事Wthから損失仕事WL、機械摩擦仕事Wfが差し引かれると、さらに熱効率が落ちていく。1990年代にはガソリンエンジンの正味熱効率が30%程度だったということは数字的に分かる気がしてきたよ。」
「ところで、純くんの“10の疑問”の第1が“何故ディーゼル車の燃費はガソリン車の燃費よりもいいのか”だったよね。これについて、理論熱効率ηthを使って考えてみようか?
それには、ディーゼルの理論熱効率ηthを求める必要がある。先に説明した理論熱効率の式は、ガソリンであるオットーサイクルから導き出したものだ。一般的なディーゼルサイクルは図1-6にようになる。」
「オットーサイクルとは随分違って見えるね。」
「図1-6をよく見ると、ディーゼル燃焼がよく分かる。先ず筒内温度が最大になるTDCまで筒内空気を圧縮させる。理論上はTDCで燃料噴射され噴霧に火が付き、拡散燃焼が始まる。理想的に燃焼行程はシリンダー容積が膨張しても燃焼圧力により“等圧過程”で行われるとする。その後膨張仕事(断熱過程)によりサイクルを終える。オットーサイクルと異なる大きな点は、燃焼行程がTDC後に“等容過程”で行われるということである。そのため、等容変化の始点と終点の行程容積比=V3/V2=σというパラメーターが必要となる。σは締切比(燃料噴射を締め切るという意味)と呼ばれ、σ=1.5~2.0を取ることが多い。気体の状態方程式を使って、ディーゼルの理論熱効率を求める¹²⁾と、
ηth=1‐ε⁽¹⁻κ⁾×α
=1‐ε⁽¹⁻κ⁾×{(σ⁽κ⁾-1)/κ(σ―1)}
ただし、α={(σ⁽κ⁾-1)/κ(σ―1)}>1
この式はどういう意味か分かるかな?」
「α>1ということは、ε⁽¹⁻κ⁾<ε⁽¹⁻κ⁾×α ということ。つまり、
ηth(オットー理論熱効率)>ηth(ディーゼル理論熱効率)
何だか変だね?ディーゼルの理論熱効率の方が悪くなるの?」
「もしも圧縮比ε、比熱比κが同一の値であれば、ガソリンの理論熱効率の方が高いよね。だってオットーはTDCで一気に燃焼することにしている。一方ディーゼルの方はTDCでやっと着火して膨張行程で燃焼する。そりゃ、ディーゼルサイクルの方が熱効率は悪いよね。でも実際には圧縮比ε、比熱比κに差があるから、大小関係は逆になる。ディーゼルの方が圧縮比εは高く、また空気過剰燃焼なので比熱比κは空気サイクルに近くなる。その結果¹³⁾を示したのが、図1-7だ。ガソリンの理論熱効率が36~46%の範囲で示しているのに対して、ディーゼルは46~56%の範囲で示された結果になっている。
図1-6には実例で下記の計算例がプロットされている:
① ガソリン効率=46%;圧縮比10.8(2012年平均値)、比熱比1.26
② ディーゼル効率=54%;圧縮比16.3(2012年平均値)、比熱比1.30
つまり、この場合でも理論熱効率ですでに8%の差がある。」
「なるほど。これが図示熱効率でさらに差が広がるわけか?変だと思ったよ。」
「その通り。ディーゼルの損失仕事WLはガソリンのそれよりも小さくなり得る:
図示熱効率ηi=Wi/Q1
=(Wth-WL)/Q1
={Wth-(WL1+WL2+WL3+WL4)}/Q1
第1は冷却損失WL1が関係する。ディーゼルは過剰空気が燃焼室内に多く存在するため、ディーゼルの動作ガス自体の比熱が高くなり、動作ガスに含まれた過剰空気に熱量が蓄えられるため、冷却損失WL1は小さくなる方向だ。
第2にガソリン燃焼は理論空燃比で燃焼させるため、吸気スロットルを絞るので吸気行程のポンプ損失仕事WL4は軽・中負荷時に大きくなってしまう。一方、ディーゼルは吸気スロットル無しの空気過剰燃焼であるため、吸気損失は小さく、ポンプ損失仕事WL4は低く抑えられる。
この2つが大きな要因でディーゼルの損失仕事WLが小さくなり得る。図示熱効率ηthはガソリンのそれよりも大きくなるという訳だ。これが図示熱効率から考えた、ディーゼル燃焼がガソリン燃焼に比較して燃費が良くなるという説明だ。」
「なるほどね。理論熱効率、そして損失仕事が小さい分だけさらに図示熱効率も良くなるという訳か?」
「ただし、良いことだけではない。正味熱効率ηeで登場した機械効率ηmがディーゼルは悪くなってしまう。ディーゼルは圧縮比が高いので、ピストン摺動部を含めた機械摩擦仕事Wfが増加してしまうという欠点がある。
ただし、ディーゼルエンジンの理論熱効率、損失仕事で有利な割合が大きく、機械摩擦仕事で多少不利でも結果的にはディーゼルエンジンの燃費は良くなるという訳だ。分かったかな?」
「博士、“10の疑問”の1番目、何故ディーゼルエンジンの燃費がいいのか、理論熱効率、図示熱効率、正味熱効率という考え方から説明してもらったからよく理解できたと思う。今までは、断片的に聞いていた内容だけれども、今回は正味熱効率の成分である理論仕事、損失仕事、機械摩擦仕事から個々に内容を聞かせてもらったので、僕なりに納得できた。」
「さらに、これは“10の疑問”の4番目だった“超希薄燃焼”は何故普通のガソリン燃焼よりも燃費がいいのかを説明出来る。一般のガソリン燃焼が理論空燃比で燃焼させているのに対して、超希薄燃焼は空気量は約2倍、空燃比は30以上となる。そのため、ディーゼル燃焼に近くなる。これから①比熱比κが高いこと、②圧縮比εを大きくできることで理論熱効率ηthを増加させる。そして、③燃焼ガスの比熱が高く、冷却損失が低いこと、④吸気量が多いため、ポンプ損失仕事が小さいことで損失仕事WLを減少させ、図示熱効率ηiを高められる。これがガソリン超希薄燃焼のエンジン燃費が良くなる理由だ。
これまでガソリンの熱効率はηe=0.30ぐらいであったのが、最近の理論空燃比のエンジンでもηe=0.39-0.40というエンジンができるようになった。さらには、超希薄燃焼の研究成果では単筒エンジンだけれども、ηe=0.50という、正味熱効率が得られている。量産化するにはまだいろいろ課題がありそうだけれど、ガソリン熱効率30%と言われていた頃からすると、格段の進歩を遂げているね。さて準備は出来上がったので、明日は“正味熱効率ηe”と“燃料消費率f(gr/kWh)”の関係について説明することにしょう!」
「やっと、燃費の話に入れるんだね。楽しみだ!」
ということで本日の談義を終えた。@2019.7.18記
《参考文献》
12)「16章:ディーゼルサイクル」@東所沢2-31-12ホームページ
13)「蘇る日本の乗用車用ディーゼル」Engine Review vol.13 NO.2 2013」
;P2@自動車技術会