「午後からは日本を中心としたガソリンエンジンの“超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)”技術について話すことにしよう!この研究は戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)と呼ばれた国家プロジェクトでもある。単筒エンジンを使って各担当大学がいくつかのテーマに分かれて研究しているようだ。ガソリンエンジンで言えば、2014年時点で最高と言われる“正味熱効率40%”を2018年までに“正味熱効率50%”を目標としている。さらに、日本のメーカーでは超希薄燃焼の実用化開発も同時に進められている。」
「博士、実は“超希薄燃焼”技術については楽しみにしている。何しろ、“10の疑問点”の4番目に挙げたよ。何故燃費が良くなるのか、果たして実現できるのかと現状を聞きたかったからね。さらにマツダ社が2019-20年には販売開始するって記事が出ていたから、益々興味津々だね。」
「日本のガソリン燃焼技術は、これまで正味熱効率で0.1%の数字を積み上げてきた。図2-4はここ10年の変遷をドイツメーカーの迷走の道と合わせてまとめている¹²⁾。
エンジン技術者の努力で“正味熱効率ηe”は2012年頃には37%、2016年頃には“40%”まで向上させてきた。以前話をした1991年アストラのエンジン正味最大熱効率は“34%”だから、それに比べると“6%”も積み上げられてきたことになる。図1-3で説明した理論熱効率ηthでさえも、比熱比1.26での“燃料空気サイクル”の値は、圧縮比ε=14でやっとηth=50%だったよね。正味熱効率ηeになれば、損失仕事、機械摩擦仕事などで50%を大きく下回るはずだ。そこで、空気サイクルの理論熱効率ηth=65%(ε=14)に目を付けた。理論空燃比を気にせずに空気を一杯吸えば、これにより比熱比κを上げることが出来、理論熱効率を大きくできるということだ。理論熱効率ηthのベースを50%から一気に65%へ近づけるということだ。例えば理論空燃比の2倍程度として理論熱効率ηthを計算する。λ(空気過剰率)=2☛比熱比κ=1.35、そして圧縮比ε=14、18とすれば、理論熱効率ηthはそれぞれηth=0.60(ε=14)、ηth=0.64(ε=18)となる。ということは、簡単に言えば、ηth=50%がηe=40%まで落ちるのであれば、同じ損失割合と考えて、超希薄燃焼の熱効率ηe=60×40/50=48%と50%近くなる。夢ではない!というのが“超希薄燃焼技術”の研究に携わる方々の思いだろうと想像する。ただし、三元触媒が使えない。この致命的欠点はディーゼル燃焼と同じだ。したがって、NOx触媒を使うか、燃焼最低温度1600KからNOx大量発生温度2000Kの燃焼温度制御を開発するか、ということになる。ここまで、いいかな?」
「だんだんとディーゼル燃焼に近くなる感じだね。」
「そうだね。超希薄燃焼にはディーゼル燃焼と当然同じ不利な点もあれば利点もある。つまり、圧縮比ε、比熱比κが大きくできるという事に加えて“損失仕事WL”が小さくできる:1)過剰空気による混合気の比熱が高い☛冷却損失仕事WL1が小さい
2)火炎伝播ではなく、一気に燃焼する☛時間損失仕事WL2が小さい
3)希薄混合気を形成するための吸気量大☛ポンプ損失仕事WL4が小さい」
「なるほどね。結局燃焼がディーゼル燃焼に近くなってくるので、効率・燃費が良くなるということか?よく分かったよ。」
「でも当然簡単ではない。何と言っても“超希薄燃焼”の技術課題は、
➊如何に着火するのか?☛混合気が薄くて火がつき難い。
➋火炎核から如何に火炎伝播させていくのか?☛薄くて火炎伝播しない?
➌空気過剰燃焼であるため、大量のNOxが発生☛如何にNOx発生を抑えるか?
➍如何に希薄化するのか?☛高排気量、過給化?以上の4つの主要課題が考えられる。」
「どれも大きな課題に見えるね。」
「その通り。だから夢の燃焼技術って言われてきたんだね。各課題に対して、
➊点火エネルギー増、圧縮比増では何とか着火?
➋着火しても薄くて火炎伝播していかない?
➌NOx発生を抑制するための、燃焼温度1600~2000K制御が難しい?
➍排気量を大きくするか、過給技術をつかうかで商品性に問題が生じる?
など課題はまだまだ大きい。また、この燃焼法をエンジン特性全域に広げるにはさらに難しく、初めは領域限定の”超希薄燃焼”で実用化するしかないと思うね。
そして最近のSIPエンジンの報告によれば、中速高負荷域のある1点で正味熱効率51.5%を達成したようだ。課題➊に対しては多点着火(火炎核群を生成。実用化?)を適用し、課題➋に対しては強いタンブル流動¹³⁾により一気に多数の火炎核が同時に火炎伝播するという全く新しい燃焼形態を生み出したということだ。ただこれはある1点という研究ポイントであるため、先ほどのエンジン特性全域には課題➌、➍を解決しなければ、まだまだ実用化への道は厳しいと思う。」
「でも1点でも超希薄燃焼の熱効率は、50%以上確保できることを示すことができたということだね。後は如何に実用化できるかだね。」
少し休憩してから、マツダ社の2019-20年に実用化するという”超希薄燃焼技術”の話をすることにした。@2018.12.11記、2019.7.23修正
《参考文献》
12)日経Automotive(2016年7月号)@日経BP社;p42
13)タンブル流☛希薄燃焼のキー技術の一つ。スワールは筒内円周方向の流れに対して、タンブルは筒内縦方向の流れ。吸入時に発生するが、圧縮時には壊れやすい。如何にして圧縮行程、燃焼行程までタンブル流を保つかが重要なポイントとなる。ガソリンエンジンの燃費改善には急速燃焼させることが重要であり、これは超稀薄燃焼だけでなく、理論空燃比の燃焼にも必要な技術。
出典☛日経Automotive(2016年7月号)@日経BP社;p42 より加筆