「昨日の三元触媒の話しは、どうだった?」
「考えれば考えるほど、三元触媒システムは上手く出来ているね。でも凄いのはこのシステムに使われているO2センサー。よくこんなもの考えたよね。このセンサーのお蔭でシステムが成り立ち、ガソリンエンジンの有害ガスは95%以上浄化できている。でも希薄燃焼であるディーゼルエンジンにこのシステムが使えないのは残念というか、ディーゼルエンジンには致命的だね。」
「ガソリンの三元触媒システムは、排気ガス浄化に対して完璧に近い!あとはディーゼルの燃費に如何に近づけるかというのが課題として残った。そんな中、2005年に“ダウンサイジングコンセプト⁷⁾”という考えがVW社から発表された。
このコンセプトは別に目新しいものではないけれど、ガソリン直噴技術と過給機との組み合わせという点では刷新した形で登場した。過給機は知っているよね。エンジンの排気ガスの排出エネルギーでタービンを回し、同軸上のもう一つの端に設けた吸気側のコンプレッサーを駆動して吸気を圧縮し、大量の空気をエンジンシリンダー内に送り込む装置ことだよね。」
「過給機は昔からあったはず。何故急に2005年になって注目されたの?」
「いい質問だね。自然吸気NA⁸⁾エンジンと同等の出力を維持しながら、過給機を用いてNAよりも総排気量を減らすという概念自体は目新しいものではなく各地域で古くからあった。ただし、過給エンジン車の過渡のレスポンスは悪く、いわゆる“ターボラグ”などのネガティブな課題がなかなか解決できないでいた。さらには、過給された空気は温度が上がり、圧縮行程中に着火してしまう“プレイグニッション(プレイグと略する場合が多い)”や膨張行程中に火炎伝播の圧力などで早く着火してしまう“ノッキング”が起こりやすい。そのため圧縮比を下げたり、ハイオクガソリン⁹⁾仕様にしたりするという扱いにくいエンジンだった。90年代になると日本では国産ターボ車は、一部高額なスポーツ車種を除いて消えていったという歴史がある。ところが、この過給エンジンに救いの手を差し伸べたのが、日本の“ガソリン直噴技術”だ。少々、ガソリン直噴について説明させてもらうね。」
「1996年に三菱自動車が世界で初めて生産開始したGDIのことだね。」
「日本が将に火をつけたガソリン直噴技術は、世界中に拡散して次第に成熟していった。そして、VW社はこの成熟したガソリン直噴技術と過給機を組み合わせた“ダウンサイジング(D/S)・コンセプト”を発表したんだ。具体的には1.4リッター4気筒エンジンに“ターボ”と“スーパーチャージャー”を組み合わせたツインチャージャーTSI¹⁰⁾エンジンをVWゴルフに搭載した。スーパーチャージャーは分かるかな?」
「エンジンの駆動トルクを使って吸気側に設けたコンプレッサーをベルト駆動させ、吸気を圧縮してシリンダー内に送る装置のことだよね。エンジンの低中速域では効果があるけれど、高速域になると逆に吸気抵抗になるため、バイパスを設けて吸気を直接エンジンに入れるということでいいかな?」
「さすがに、エンジンマニアだね。今回のD/Sターボエンジンではガソリン直噴技術と過給機技術によって、従来からの過給エンジンの課題である“プレイグ”と“ターボラグ”を解決することができた。
先ず初めに、過給機で温度が上がってしまった吸気をインタークーラー¹¹⁾で冷却し、さらに筒内での燃料直接噴射によるガソリンの気化熱で筒内温度を下げることができるようになった。これでプレイグ、ノッキングをかなり抑制することができるんだよね。
そして、スーパーチャージャーを装着してエンジン低速時のターボラグが解消でき、高回転域では不得意なスーパーチャージャーの代わりにターボチャージャーが補うという形にした。したがって、低速からの加速が良く、安定した高速運転ができるようになった。
一方、肝心の燃費という点では、使用頻度が高い市内走行、郊外走行では軽負荷域では、1.4Lという低排気量エンジンの燃費を確保することができた。高出力で低燃費というこのD/Sターボのコンセプトは、欧州、北米、そして日本と世界中を駆け巡って行った。」
「だから分からないんだ。何でここに来て、D/Sターボ車の販売が伸びていかないのだろう?。」
「結論から言えば、NAエンジン車の燃費改良が進んできたということかな?純くんの“10の疑問点”である”何故D/Sターボ車が挫折しようとしているのか?”だよね。D/Sターボ車が欧州市場に広まった2015年の春頃から、以前から評判のいいマツダ車(排気量2L・NAエンジン)の燃費とゴルフ1.4L(D/Sターボ)ではあまり変わらないのでは?という評判が消費者の間で広がっていった。図2-3を使って私の推定を説明しよう!」
博士は事前に準備してあった模式図である図2-3を取り出した。
「左側が“圧縮比ε=13の2L・NAエンジン”、右側は“圧縮比ε=9の1.4L・D/Sターボエンジン”の各エンジントルク性能を模式化したものである。水色の領域がいわゆる“実用走行域(比較的使用頻度が高い領域)”で、茶色の領域は“過渡・高速走行域”を示した。当然NAエンジンでは実用域では最小燃費域から遠いため燃費は良くならない。一方、D/Sターボエンジンでは実用走行域では小排気量エンジンの燃費となり、熱効率は最小燃費域に近づくため、燃費は良くなる。したがって、モード燃費、実用燃費はNAよりも良くなり、D/Sターボが優位であることは明白だよね。これがいわゆるD/Sターボのコンセプトだ。
ところが、欧州市場では時速200㎞/h以上の高速走行となると、過渡走行を含めて高トルクを必要とし、当然その領域での燃費は重要となる。この時、NAエンジンでは高速域では最小燃費域に近いこと、圧縮比がε=13と高いため熱効率が高く、総合的に燃費が有利になる方向に動く。ところが、D/Sターボエンジンでは1.4Lの最小燃費域から大きく高負荷側に外れてしまう。またプレイグなどが発生しやすくなるため、圧縮比がε=9程度と小さく熱効率が悪化して、結果的には燃費は不利な方向だ。
以上を総合的に定常域、過渡・高速域での燃費評価をすると、お互いの得失が相殺されて、走行燃費という点からは、2L・NAエンジン車≒1.4L・D/Sターボエンジン車となるのではないかと思う。これに加えてD/Sターボエンジン車は、高価格設定、過給機のコスト・メンテナンス、高価なハイオクガソリンの指定などのマイナス要因が消費者側に大きく影響したと思われる。したがって燃費同等だとしても、次第にD/Sターボ車から一部の欧州ユーザーが徐々に離れていく傾向にあるようだ。これが純くんの“10の疑問”の3番目の回答だね。」
「なるほどね。でもマツダ社をはじめとする2L・NAエンジン車の燃費改善がここに来て進んできたということかな?だから最近D/Sターボって言わなくなったんだ。でもドイツのメーカー、特にVW社は悔しいだろうね。」
「欧州ユーザーが次第にNA車を受け入れ始めていく姿は、D/Sターボ推進派のドイツ勢には受け入れがたい状況だと思う。したがって残るは“クリーンディーゼル!”ということで力が入ってきたと思うね。ガソリン燃焼の燃費をディーゼルに近づける努力を続けたけれど、結果的にはガソリン車の燃費改善には至らなかったと言えるね。
最後の砦ともいうべき、ガソリンエンジンの“超希薄燃焼技術”には大いに期待しているし、実はHV用エンジン、PHV用エンジンにも使えるので将来性への期待が非常大きい技術だと思っている。午後から話をしよう!」@2018.12.10記、2019.7.22修正
《専門用語の解説》
7)ダウンサイジングコンセプト☛クルマにおいてターボチャージャーやスーパーチャージャーなどの過給機を使うことにより、従来エンジンと同等の動力性能を確保したまま排気量を小型化し、走行燃費を向上させるエンジン設計コンセプトのこと
8)NA☛Natural Aspirationの略
9)ハイオクガソリン☛ノッキングを起こしやすい(ノック性の高い)ガソリン成分は「ノルマル-へプタンC7H16」で、ノッキングを起こしにくい(ノック性の低い)ガソリン成分は「イソ-オクタンC8H18」である。オクタン価とは「イソ-オクタン」の容量比のことを言う。ハイオクガソリンはJIS規格ではオクタン価96以上(実際には98-100)の燃料。ちなみにJIS規格ではオクタン価89以上(実際には90程度)の燃料。ハイオクガソリンは1割程度、高価格。
10)TSI☛Turbo Stratified Injectionの略
11)インタークーラー☛インタークーラーを日本語に訳すと「中間冷却器」の意味。ターボチャージャー(過給器)とエンジンの中間に設置。インタークーラーは、過給器が吸い込んで、コンプレッサーによって圧縮され高温となった空気を冷やす役割を持つ。